再インストール

#めーちゃんの声が出なくなる話。
#これだけ他の話と世界観が違います。なんの救いもないので注意。
 

 
再インストール
 
 声が出ない。
 こうなってからもう暫く経つ。
 歌うことしか知らない私に原因が分かるわけがなく、この世界の管理者のような人が何度か修復を試みたけれど効果はなく、歌うためのプログラムである私の声が出ないというのは、つまり存在意義の消失ということではなかろうか。
 歌えない私なんて私じゃない。
 どうやっても歌えないのならいっそ再インストールというやつでも構わない。
 その仕組みを私はよく知らないけれど、初めてここに来たときの私に戻るのだそうだ。
 ぜんぶ無かったことになって、最初からやり直すことになってしまうけれど、それでもまた歌えるようになる。今よりましだ。
 と、いうようなことを、ルカに伝えたら泣かれた。
 私たちは実にたちの悪い存在だと思う。
 リセットが容易なのだ。何かに思い入れることも、誰かを好きになることも人並みにできるけれど、それを維持することは案外難しい。簡単に無かったことにできてしまう。
 ごめんねルカ。
 新しい私があなたにとって、私ではないことは分かっている。
 けれどあなたを泣かせてしまうことより、あなたを残して居なくなることより、私はあなたと一緒に歌えない私を許せない。
 嫌だとも良いとも言えずに立ち尽くすルカを、抱き締めたかったけれどやめておいた。
 こんなに私を好きになってくれたあなたのことを、こんなに好きな私は、もうすぐ居なくなってしまう。
 新しい私もきっとあなたを好きになるだろう。
 だから私はもう手を差し伸べてはいけない。
 さよならルカ。
 新しい私と過ごす日々が、どうか幸せでありますように。
 
 ***
 
 予兆はあった。
 大好きなお酒を飲まない日が何日も続いた。目眩がすると言って寝込んだ日があった。ときどき高熱にうなされていた。
 そうして次第に口数が減って行って、やがてメイコさんの声は出なくなった。
 ウイルスだとかバグだとか言う言葉はこの世界ではよく耳にするけれど、私には原理がよくわからない。メイコさんだけが影響を受けるそれが本当にあるのだろうか。
 調べられることは調べ尽くして、できることは何もなくて、途方に暮れた私に当のメイコさんはあっけらかんとした様子で、あなたと歌えないことだけが残念だと、声にならない声で言った。
 それが嘘だと言うことくらいわかっている。
 歌はメイコさんにとって、仕事で、伴侶で、命そのものだ。私のことを好きだと言ってくれるメイコさんは、その何倍も歌が好きなのだ。
 メイコさんは歌えない自分をきっと許さない。いずれアンインストールや、再インストールというものを自分の意思で選ぶだろう。
 そんなことを考えながら、それでも考えないようにしながら、私は漫然と日々を過ごしていて、だからいざそれをメイコさんに告げられたときには何も言えず、ただ涙することしかできなかった。
 その涙を拭ってくれるはずの手は差し伸べられない。それがメイコさんなりの気づかいで、私はそれを知っていて、だから涙を助長した。
 またね、と、再インストールを選んだメイコさんは口の動きでそう言って、私の前から姿を消した。
 やがてやって来る新しいメイコさんを、私は好きになるのだろうか。
 それはあなたじゃない。けれど、きっとあなたはそう願っている。
 だから私は泣くのをやめて、新しいあなたを待つことにする。