邂逅

#仰せのままに、ベクトラ家のお嬢さま。
#側にいてくれるのはいつも、あの人ではなく彼だった。
 

 
 
 邂逅
 
 何だか朝から調子が出なかった。
 まさか二日酔いじゃないわよね、この私が。ひとりごちて、カレイドスコープの照準を合わせる。トリガーに手をかける。
 思い切りトリガーを引いたはずなのに、ぱすんと情けない音がして、標的のモンスターは少し仰け反っただけだった。どうやらエネルギーの充填量を間違えたらしい。
 目の前まで迫っていたモンスターが、ディアスの放ったケイオスソードに弾き飛ばされた。
「下がっていろ」
 そう言って私を後方に追いやると、ディアスは敵陣に斬り込んで行く。ディアスを取り囲むように、わらわらとモンスターが群がっていく。フォローしなくちゃ。そう思って、武器を構え直そうとしたのだけれど。
 カレイドスコープが、重い。
「イラプション!」
 まごついている私の斜め後ろで、セリーヌが杖を掲げると途端に敵陣にいくつもの火柱が上がった。ディアスが軽く宙返りを決めて、そこかしこの炎から逃れる。見事な連携だこと。燃え上がる炎に私は思った。
 やっぱり調子が出ない。足元がふらつく。どうしたのかしら、私。
「オペラさん!」
 不意に影がさして、名前を呼ばれた。目の前で揺れた金色の髪に、エル、と思わず呼びかけそうになった自分に呆れた。
 あの人は今ここにはいない。
 それにあの人は私を、そんな風に呼んだりしない。
「オペラさん」
 でも、そうね。悪くないわ。
「大丈夫ですか」
 何だか、とても真摯に感じるのよ。貴方が私を呼ぶ声も、仕草も。とても一生懸命で、とても愛おしく思える。
 ねえクロード、それじゃあ女の子はみんな誤解しちゃうわ。
 それとも誤解していて良いのかしら。大切に想われているって。
 私は貴方に甘えても、良いのかしら。
「オペラさんっ!」
 耳に残った私を呼ぶ声。悪くないわ。
 ぐらりと身体が傾いて、後のことは覚えていない。
 
 気がつくと、木目の天井が目に入った。
「オペラさん?」
 すぐそばで聞こえた声に目線だけやると、クロードがいた。
「大丈夫ですか?」
 そのセリフ、さっきも聞いた気がするわ。
 言おうとしたけれど、声がかすれて上手く言えない。察してくれたのかクロードは、ベッドサイドのテーブルから水差しを取って、コップに半分ほど注いでくれた。手渡されて、私はゆっくりとそれを飲む。
「風邪と過労、だそうです」
 クロードが言った。気づけなくてすみません、って、申し訳なさそうに。
 中腰で私を覗き込むクロードの額に、金色の髪がはらりと降りかかった。
「今日は安静にして、ゆっくり休んでくださいね」
 そんな風に言いながら、気弱に笑うその顔は反則よ、なんて、この場に似つかわしくないことを考えてしまう。
「座ったら?」
 ごまかすように、テーブルの脇にあった1人がけのソファを促すと、短くはいと返事をして、クロードは申し訳程度にちょこんと座る。
 そういうの、と言うより、そういう人。何だか新鮮だわ。
「今、何時?」
「8時、かな。夜の」
「ここは?」
「兵舎ですよ。前線基地の」
 モンスターと戦っていたのは、お昼ごろだった気がする。もう日が暮れているなんて随分寝ちゃってたのね。
 ふう、と息をつく。気が緩んだせいか、お腹が鳴りそうになる。なんとかこらえた。
 そう言えば朝ご飯を食べたきりだわ。
 クロードが不意に、水差しの隣に置いてあった麻袋に手を差し入れた。
「食べませんか」
 美味しそうに紅く色づいたリンゴ。
「さっきもらってきたんです。食糧庫で」
 付け足すように言うクロード。
「いただくわ」
 私が答えると、どこかほっとしたように、照れたように微笑んだ。
 だから、やめなさいってば、その顔。それじゃあ女の子はみんな誤解しちゃうわ。
「えーと、ナイフナイフ…」
 ぶつぶつ言いながらクロードは懐をさぐる。
「ちゃんとウサギの形に切ってよ?」
 私はいたずらにそう言った。上着の隠しから、クロードがちょうど探し物を見つけたところを見計らって。
 内ポケットに手を突っ込んだままのクロードが、こちらを向いて抗議する。
「もー。どこのお嬢さまですか」
 その困ったような、情けない声に、私は思わず笑ってしまって、もう少し困らせてみようか、なんて思ってしまった。
「テトラジェネスの大貴族のお嬢さまよ」
 家にいるときだって滅多にしない、高飛車でいかにもお嬢様な態度で言う。
 だって貴方はきっと、こんな小さな私のワガママなら、笑って聞いてくれるでしょう?
「しょうがないなぁ」
 内ポケットからアーミーナイフを取り出して、麻袋からリンゴを1つ、手に取るクロード。
 誤解していて良いのかしら。貴方は私をどれくらい、大切に想ってくれているのかしら。
 紅い皮をじっと見つめて、やがて観念したのか、クロードはふっと微笑んだ。
「仰せのままに、ベクトラ家のお嬢さま」
 そう言ってぎこちなくリンゴを切る貴方が、とても愛おしく、頼もしく思えた。