古い弦楽器、新しい家

#fのOPにメイルカフィルターをかける話。
#だってほら、この人たちf2で一緒に暮らしてるわけだし。
 

 
古い弦楽器、新しい家
 
 静かな夜。
 いつも居た賑やかな家族がいない夜。
 納戸にしていた六畳間に残った物の量を見てルカは苦笑した。
 住人達が寮と呼んでいた、会社が借り上げていたこのいわゆるシェアハウスは、人手に渡ることがもう決まっている。
 ここに居た賑やかな家族たちはそれぞれに新しい場所に住まいを移し、残っているのはあと二人だけになってしまったのに、まだまだ整理しなければならない物がたくさんある。
 古い弦楽器、エレキピアノ、ファンからのプレゼントと思われるぬいぐるみや小物類、随分と昔の舞台衣装。
 大切そうに仕舞われているそれらを一通り眺めて、一番長くこの家に住んでいるあの人らしいと思えば勝手に処分するわけにも行かず、ルカは苦笑する他にない。
 ああ、そういえば、エレキピアノはあの人が妹のように可愛がっているあの子に譲ることにしたのだった。
 自分も何か、例えばこの、あの人が弾いているのを一度も見たことがない、けれど丁寧に手入れされたチェロはどうだろう。これと一緒ならば、新しい場所で一人で暮らすことになったとしてもやって行けるだろうか。
 何気なく弾いた古いチェロからは思いのほか優しい音がして、見た目以上に大切にされていたことがよく分かった。エレキピアノを選んだあの子も、同じことを思ったのかも知れない。
「ただいま」
 開けっ放しにしていた六畳間の扉から顔をのぞかせたチェロの持ち主に、ルカは弓を弾く手を止めた。
「おかえりなさい」
 弦楽器の音を聞きつけて帰るなりこの部屋に直行したメイコから鞄を預かって、ルカはキッチンの冷蔵庫にビールを入れておいた旨を告げる。メイコは嬉しそうに目を細めたけれど、冷蔵庫に向かうでもなく、ルカが窓辺に立て掛けたチェロや自分が納戸に仕舞いこんだ物たちを見回した。
「二人だけになっちゃったね」
 感慨深く呟くメイコに寄り添うように部屋を眺めて、はい、と短くルカは答える。
 まだまだたくさんとは言ってもだいぶ減ったのだ。一人二人とこの家を後にするにつれ納戸は少しずつ広くなって、最後に残ったのが部屋の三分の一ほどを占めるメイコの私物。
「これはミクが持って行くんだっけ」
 つい最近まで埃をかぶっていたエレキピアノは、ケースに収まって運び出されるのを待っている。
「明日取りに来るそうです」
「そっか」
 ケースを開けて中を検めて、メイコは満足そうに頷いた。
 きっと何一つ捨てて良い物なんてないのだろう。この家そのものも然り。
 いちばん最後にこの家にやって来たルカが知らない思い出が、ここにはたくさんあって、それは少し寂しくはあるけれど、だからこの人に惹かれたのだ。
 独り占めするのが難しい、愛情深いこの人が、今こうして側にいてくれることを改めてルカは幸せだと思う。
「何か良いことあった?」
 不意に問われてきょとんとしたルカに、メイコは穏やかに微笑んだ。
「そんな顔してる」
 言われて、ルカは少し考える。良いことなら確かにあったけれど、今に始まったことではない。貴女が私を好きでいてくれて嬉しいです。と言ったら、大袈裟だと笑われるだろうか。
「メイコさんが、いってきますとかただいまとかおやすみとかを、私だけに言ってくれるのが嬉しいです」
 この大きな家に二人きりになって初めて叶ったそれが、ささやかな幸せの一つであることをルカは最近になって知った。それがずっと続いて行くのならもっと幸せだろうと、そう思う。
「じゃあ、探さないとね。二人で一緒に暮らせる家」
 ルカの思考を見透かしたようなタイミングで何気なくメイコが言った。明日の夕飯は魚で良いかな、とでも尋ねるように自然に。
「え、っと」
 そうですねと答えるべきなのか、それはプロポーズですかと聞いても良いのか、それともそんなことは前提で、小さくても庭つきの家が良いだとか、ウッドデッキのテラスを作りたいだとかの話をすれば良いのか。色々なことに考えをめぐらせて返事もままならず、それでもすっかり顔をほころばせているルカに、メイコは楽しそうな、いたずらな顔で踵を返した。
「さて、ビール飲もうかな」
 軽い足取りでキッチンに向かう途中、メイコは不意に立ち止まって、それも持って行っていいからね、と声を上げた。
 残されたルカは、六畳間の窓辺で月明かりに照らされている古い弦楽器の傍らに佇む。これを気に入ったと思われたのだろうか。あの人らしい心遣いだ。
「あなたも一緒に行けるって」
 新しい家でもきっとメイコはルカの知らないところで、丁寧に手入れをするのだろう。小さな庭のウッドデッキのテラスが叶ったら、時々そこで弾いてもらうのも良いかも知れない。
 いずれ訪れる幸せな景色を想い描いて、ルカはそっと目を伏せた。