花が咲く頃

#何年か先、花が咲く頃にも、彼女は傍にいてくれるだろうか。
#出会った頃には想像もしなかった未来。
 

 
 
 花が咲く頃
 
 庭の花壇一面に咲いた真白の花たちは、ちょうど盛りの時期を迎えて、陽が落ちてもなお強く甘い香りを漂わせる。
 窓辺から庭に目をやって、ディアスは目を伏せる。
 同じだ。その青みがかった銀色の髪に触れる時に、思わず目を和ませてしまう香りと。
 この家もそうだ。セリーヌが持っている穏やかな空気で、ここは満たされている。
 紋章術師の里、マーズ村。以前まだ一人で旅をしていて訪れた時には、森のざわめきが纏わりついて居心地が悪かった。
 けれど此処になら居てもいい。不愉快なものはここには何も入ってこない。森の葉擦れの音さえ心地良い。
「次はアーリアに行きましょうか」
 花鋏の小気味よい音を響かせながらセリーヌが言った。庭の花壇に群生する高砂百合の何本かを、綺麗に花瓶に活けている。
「向こうの方には何もないだろう」
 目ぼしい宝が見つかりそうな場所が、と言う意味でディアスは返す。
 二人で旅をするようになってどれくらいだろう。行先はいつだって未開の遺跡、難攻不落の洞窟、魔獣の巣食う廃墟。そこにお宝は付き物で、つまりトレジャーハンターを名乗る彼女の胸が躍る場所。
 そうしてその合間を縫って、彼女の生家であるこの家に立ち寄る。そんな生き方も悪くないと、このところのディアスは思う。
「トレジャーハントではなくて、お墓参りに」
 手にしていた白い百合の花に顔を寄せて、微笑みながらセリーヌは言った。ディアスの家族が眠る森は、アーリアからほど近い。
「それを持って行くのか?」
「せっかくですし、おすそ分け」
「アーリアに着くころには萎れているんじゃないのか」
 苦笑交じりにディアスは言う。けれどそんなことはセリーヌの方がよく知っているのだ。それは仕方がないと意味深に笑う。
「では持って行ってどうする」
 不思議そうにディアスが尋ねると、植えるのだとセリーヌは答えた。
「これ、種から育つんですのよ。繁殖力の強い花ですから、何年かすれば綺麗な花が辺り一面に咲きますわ」
 セリーヌが花瓶に活けた高砂百合は、誰が植えたものでもなく、いつの間にか庭の片隅に咲いていたものを彼女の母親が花壇に移したら、勝手に繁殖したのだと言う。
 故郷の森のはずれの、あの殺風景な墓標の周りにも、この家の花壇と同じようにたくさんの花を咲かせることができたなら、そこに眠る家族もきっと喜んでくれるだろう。
「それは楽しみだな」
 そう言ってディアスはセリーヌを抱き寄せた。
 柔らかい髪が、華奢な肩が、愛おしくて、こんな風に想いは重なって行く。日ごと彼女が笑うたび、何か話してくれるたび。それを幸せだと思う。
 何年か先、あの森のはずれ一面に花が咲く頃にも彼女は、傍にいてくれるだろうか。
「花が咲いたら、一緒に見に行きましょうね」
 ディアスの腕の中でセリーヌが言う。
「気が早いな。まだ植えてもいないのに」
「良いじゃありませんの。楽しみですわ」
 そう言って幸せそうに笑うセリーヌに、ディアスはそっと唇を重ねた。