#両手いっぱいの花を贈られて、確かに悪い気はしないけれど。
#そういう人の1人や2人や3人や…はいたのでしょう。
向日葵の咲く庭
夕暮れの中で何気なく足を止めた向日葵畑に、懐かしい顔を見た。
「お久しぶりね。もう5年…6年くらいかしら」
「随分経つな。美しさに磨きがかかったようで何よりだよ」
「相変わらず口が達者ですこと。全然変わりませんわ」
「でも昔は花を育てるようなヤツじゃなかっただろう」
「少しは落ち着いたのかしら」
「ははは。相変わらず手厳しい」
昔はこんな風によく一緒に笑った、とセリーヌは思い出す。口喧嘩もあったし、そう言えば平手打ちを食らわせたこともあった。
一緒にいた時間はとても楽しくて、さよならを言った日は少しつらかった。そんな思い出の人だ。
他愛も無い世間話や近況を話してくれる彼の左手に、艶消しを施した銀の指輪はよく似合っていて、幸せそうで何よりだと思う。
君は? と訊かれて、考えるまでも無かった。
たくさん幸せをくれる方がいますもの。
淡い月明かりが照らす街路を、セリーヌは上機嫌に歩く。すっかり話し込んでいたお陰でもうとっくに陽は沈んでしまっている。
腕の中でかさかさと音を立てて黄金色の花が揺れた。
まだしばらくはこの街にいるんだろう? よかったら持って行きなよ。
散歩帰りに偶然見つけた向日葵畑は彼の家の庭で、素敵な庭だと誉めたセリーヌの両手にそう言って彼が持たせてくれた。
彼氏によろしく、とも言っていた。
彼氏ねぇ。
言われてみれば確かにそうなのだが、そんな風に考えたことがあまりない。
もっとずっと大切な人。側にいることが当たり前で、いつの間にそうなっていたのかも分からないくらいに、毎日が幸せだと思う。
そんな自分が単純で呆れてしまうけれど仕方が無い。
住宅街の小道を抜けると、大通りをこちらへやって来る背の高い影が見えた。それだけで嬉しくて、足取りが更に上機嫌になる。
「お迎え?」
「その浮かれた荷物は何だ」
両手に花を抱えて問い掛けたセリーヌに、ディアスが呆れたように言う。
「お土産ですわ。一本いかが?」
「花売りか」
呆れ笑いのまま差し出された向日葵を一本受け取って、ディアスはさっさと歩き出した。セリーヌが後を追いかける。しばらく街路を並んで歩いた。
「こんなに抱えて戻ってくるとは思わなかった」
「頂き物ですわ。昔の友人に会いましたの」
「…男か」
「気になります?」
「昔のことなんだろう」
「あら、格好良いじゃありませんの」
「くだらん」
口では興味無さそうに言うけれど、本当は気にしているのだろうか。ディアスは無造作に握っていた向日葵を持ち直して呟く。
「そんなに嬉しいのか」
「そう見えるかしら」
「随分と機嫌がよさそうだからな」
「そうね」
両手いっぱいの花を贈られて、確かに悪い気はしないけれど。セリーヌは少し考えて、いたずらに笑った。ディアスが聞きたいのはそういうことではないのだろうから。
「ディアスがプレゼントしてくださるなら嬉しいかも知れませんわね」
黄金色の花が、腕の中でかさかさと鳴る。そんな気取った人ではないことくらい知っている。
「俺はそんな恥ずかしいことはしない」
期待した通りの返事が返ってきて、セリーヌがくすくすと笑い出した。
「何がおかしい」
「別に」
別に、何でもない。花をプレゼントして欲しいわけではないし。
そうやっていつも通りに、仏頂面で拗ねた顔が見たかっただけ。
「早く種が取れると良いですわね」
「何処に植えるんだ」
「内緒」
得意気にセリーヌが答える。こうやって曖昧に言うときっと、勝手にしろと返ってくるだろう。
「何だそれは。勝手にしろ」
そっぽを向いて、ディアスは歩幅を広げた。セリーヌが思わず含み笑いを洩らす。
「楽しみですわね」
向日葵の束を相変わらずかさかさと鳴らせて、セリーヌは楽しそうに言った。