#こういうのを、幸せって言うんじゃないかしら。
#平穏無事なこの一日の終わりに。
夏の初めに
幸せの定義は何だろう。
時々彼は思うのだ。
未だによく分かりはしないけれど、それでも、例えば夕暮れの中を彼女と二人で歩くことは、きっと幸せなのだろう。
こんな風に――――。
「一度国の方で調査が済んでいる遺跡でも、最深部まで探索されていない事はよくありますわ。諦めずに根気よく探すことがお宝を手に入れる秘訣ですわね」
セリーヌによる『トレジャーハントとは何たるか』講座である。毎回毎回よくこんなに話題があるものだとディアスは感心してしまう。同じ話を聞かされたことは一度だって無いのだ。
「探索されていないかどうかは、どうやって見分ける?」
こうやってディアスが少しでも興味を示して何か訊くと、セリーヌはとても楽しそうに答える。
「行ってみないと分かりませんわね。そう言った当り外れがトレジャーハントの醍醐味ですわ」
と、大抵はそう返されるのだが、その辺はあまり重要ではない。
彼女が笑ってくれること。それだけだ。
でも、と前置きしてセリーヌは続ける。
「隠し部屋と言う可能性もありますわよね。以前クロス洞穴に行った時はそうでしたの。クロードが気付いてくれたんですけれど」
「クロードと一緒に行ったのか」
「ええ、レナも。あの時初めて治癒の呪紋があるって知って驚きましたわ」
「そうか」
「何だか懐かしいですわね」
そう言って笑った顔はさっきの楽しそうな顔とは少し違って、きっともっと、違う風に笑うこともあるんだろうとディアスは思う。
出来れば全部見てみたい。
そっと息を洩らして、セリーヌの肩に手を掛ける。
引き寄せると甘い香りがして、彼女は何も言わなくなる。
本当に言うべき言葉は声に出さずとも全て伝わってしまうのだから、悪くない。
「こういうのって」
ふと、横目にディアスを覗いながらセリーヌは呟く。
「ちょっといいですわね」
優しい声。深い眼差し。
彼女はいつでもそうだ。言わずともみんな見抜いてくれる。
ひぐらしが遠くで、カナカナと鳴いていた。
大好きな物があって、大好きな人がいて、それだけで私は幸せ。
……単純だな。
いいじゃありませんの。それで充分ですわ。
野営の準備は大概セリーヌの役だ。世話好きなのかどうかは知らないが。炎の術を得意とする彼女には、火を起こすことなど造作も無い。
「水を汲んで来る」
水袋を下げて、ディアスは近くに見つけた沢へ向かった。
緩く流れる水は、見ているだけで心地好い。夜風が涼しげにディアスの髪を撫でて抜けた。
戻ると既に火は焚かれていたが、セリーヌはそこにいなかった。
「何をしているんだ?」
少し離れた所にしゃがみ込んでいる姿を見つけて問い掛ける。
「見て、月見草」
そう言ってセリーヌが僅かに横に退くと、ディアスにもそれが見えた。
白い花弁が、夜闇に淡く光っているようだ。夜にしか咲かないんですのよ、とセリーヌが言う。
「知っています? 今では白い花って珍しくて、黄色いのを月見草って呼ぶんですの。でも私はこっちのほうが好きですわ。明け方になると少しだけ紅くなって、とっても綺麗なんですのよ」
「随分詳しいんだな」
白い月見草の前に、セリーヌの隣に、屈んでディアスは微かに笑う。
花を眺めている時のセリーヌはとても穏やかな顔をする。本当にそれが好きなのだと一目で分かるくらいに。
花を眺めているセリーヌを隣で眺める。
やっぱり悪くない。
「セリーヌ」
「はい?」
こんな時に呼ぶと、セリーヌは満面の笑顔でディアスを仰ぐ。
それはきっと、彼女が綺麗だと言う明け方の月見草よりも綺麗だ。
「いや、何でも無い」
苦笑してディアスは目を逸らす。
「こういうのを、幸せって言うんじゃないかしら」
不意にセリーヌが言った。
本当に彼女は何でも見抜いてしまうとディアスは思う。
「綺麗な花が咲いていて、隣にあなたがいて。そういうことでしょう?」
そういうこと。
随分と、簡単なことなのだ。
「そうだな」
ひぐらしが近くで、カナカナと鳴いていた。
大好きな物があって、大好きな人がいて、それだけで――――。
確かに単純で簡単だけれど。
きっとそれが、幸せで大切な事。