#また、作ってくれないか。
#言われなくても大体わかっちゃうセリーヌさん。
Cheerful Night
一行はギヴァウェイにあるノエルの実家に宿を借りていた。
部屋数が多い家ではないが、広さは充分だ。そろそろ就寝準備…と皆が寝室へ向かう頃、年頃の娘が三人集まれば、当然酒も入って盛り上がって来る訳で。
「ねぇ、やっぱり日本酒にナッツって合わないわよねぇ」
たまには、と日本酒を持ち出したオペラが、乾いた豆類をざらざら玩びながら呟く。
「まぁ…そうですわね」
と同意を示すセリーヌ。
「セリーヌ、私焼鳥が食べたぁい」
「…どうして私に言うんですの」
チサトのほうが料理は得意だ。そのチサトに絡まれる様に言われて、思わずセリーヌはそう返したが。
「だってセリーヌ、さっきからウーロン茶しか飲んでないじゃない」
すかさずオペラに指摘されてしまった。
確かにセリーヌはまだ然程酒に手を出していない。弱いと言うわけではなく、オペラと一緒だからである。やたらと酒に強いオペラと同じペースで飲んでいては身が持たない。現にチサトは既にほろ酔い加減で、普段よりテンションが高い。
仕方が無い、とセリーヌは立ち上がる。
「焼鳥の材料なんかあるんですの?」
「へーきへーき。明日のお昼にしようと思って私が買っといたのがあるから」
「分かりましたわよ。行ってきますわ」
「あ~ん愛してるわセリーヌ」
やはりハイテンションになっているらしく、チサトがセリーヌに抱きつく。
「…オペラ」
「はーい?」
美丈夫うすにごりを並々升に注ぎながら返事をするオペラに、セリーヌはぽつりと呟いた。
「あんまりチサトに飲ませないようにして下さいな」
台所に降りて食材を物色すると、セリーヌはさっそく調理に取り掛かった。
雛肉を手頃な大きさに刻んで串に刺す。味付けはオペラご所望の生姜垂れ。焼き魚用の網に串を並べて火加減を見る。
次々と作業をこなすセリーヌ。一見料理などしなさそうに見えるが、元来手先が器用なので手際が良い。
これ全部使っちゃっていいのかしら…?
目の前の鶏の固まりにセリーヌはふと考える。三人分よりかなりありそうだが、中途半端に残しておくのも気が引ける。
まぁいいですわ。とりあえず全部焼鳥にしちゃましょう。
と、再び雛肉を刻んで串に刺し、生姜垂れで味付け……を繰り返す。網の上からは美味しそうな香りが漂ってきた。そろそろ最初に焼いた串が良い頃合だ。
「何をしているんだ?」
出来あがったばかりの焼鳥を皿に盛っている所へ、煙と匂いに釣られたらしきディアスが顔を覗かせた。
「味見してみます?」
「いいのか?」
差し出された皿に目を落として呟くと、セリーヌが笑顔でどうぞと答える。
ディアスはおもむろに一本掴んで口に入れた。
「いかが?」
「美味い」
それが最高の誉め言葉なのだと、ディアスは自覚しているのだろうか。セリーヌは益々笑顔になって、皿ごとディアスに手渡した。
「じゃあこれはディアスの分」
「いいのか?」
「お好きでしょう、焼鳥」
得意気なセリーヌの笑顔につられてか、ディアスが微かに笑う。
「ありがとう」
ディアスが笑う事でさえ珍しいのに、こんな風にお礼まで付いて来ては、セリーヌも作って良かったと思わずにいられない。改めて上機嫌に作業を再開した。
ディアスはテーブルに着いて二本目の串を取る。セリーヌの後姿を眺めると、鼻歌混じりで随分と楽しそうだ。料理をするセリーヌなど滅多に見られないが、そう言えばたまに見るといつもそうだ。
「料理は好きか」
問い掛けると、セリーヌはきょとんとした顔で振り返った。
「どうして?」
「いや、随分楽しそうだと思ったから」
仏頂面でディアスが言うと、ああ、とセリーヌは軽く笑った。
「だってそのほうが美味しく出来る気がするから」
別に嫌いじゃありませんけど、と加えて、セリーヌは生姜垂れの中に串を浸けている。「そうか」
知らず知らずにディアスは苦笑した。嫌いなものなどあまりなさそうだな、と。
「きっと…そうなんだろうな」
垂れの中で順番を待っていた串が全て網の上に乗ると、セリーヌはディアスの向かいに腰掛けた。頬杖を付いて、串を握るディアスの手を何気なく目で追う。
「美味しそうに食べて下さるんですのね」
自分の料理を美味しそうに食べてくれる人がいる。それが何だか幸せだと思う。
「美味いからな」
ぶっきらぼうで単調なそれは、何度聞いても最高の誉め言葉だ。
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
本当に嬉しそうな顔でそう言うと、ディアスはまたそっぽを向いてしまうけれど、その少し照れた仏頂面を見るのがセリーヌは好きだ。
「……セリーヌ」
明後日の方を見ながらディアスは小さく呟いた。
「何ですの?」
「………………」
いつまでたっても続きが声にならない。
「喜んで」
と、前触れも無くセリーヌが笑って答えた。
相変わらずディアスはよそを向いて、焼鳥を口に放り込んでいた。
――また、作ってくれないか――
焼鳥が並んだ大皿を両手に、幸せ気分でオペラとチサトの元へ戻るセリーヌ。
が、オペラに扉を開けてもらって目に飛び込んできた姿に、思わず皿を落としそうになってしまった。
「あ~セリーヌだぁ~」
「プリシス! レナも!!」
「えへへ~。おじゃましてま~す」
二人とも明らかにべろんべろんに酔っぱらっている。年上のお姉さん達に囲まれてさぞ可愛がられたのであろう。そこへチサトが秘蔵の黒龍石田屋を注いでレナに渡す。
「はーいレナちゃん、ぐぐっと!」
「何飲ませてるんですのチサト!」
「まぁいいじゃない。たまには女同士で親睦を深めましょう」
「オペラ、あなたはまだ正気ですわね……」
「ハイ! 一番、アーリア出身レナ・ランフォード! うたいます!!」
「おー!! いいぞレナぁ!」
「イケてるわよレナ! さ、プリシスはこれ飲みなさい」
「ちょっとオペラ! 参加しないで止めなさいな!」
「細かいことはいいじゃない。セリーヌも早く飲まないと無くなっちゃうわよ」
「ねーねーセリーヌ、焼鳥食べていい?」
「セリーヌさんも飲みましょうよぉ~」
「はいはい……もう好きにして下さいな」
幸せ気分はどこへやら、既にどっと疲れた感が無きにしも有らず。
焼鳥の皿をチサトに渡して、セリーヌはレナから取り上げた酒瓶をぐっと呷った。
こうして女同士の親睦を深めながら、ギヴァウェイの夜は深けて行くのである。