君と歩く街

#都会の喧騒は、誰もが幸せそうで悪くない。
#強制しないセリーヌの強制力。
 

 
 
 君と歩く街
 
 クロスの城下町はいつだって賑やかだ。
 日中のバザールはその最たるもので、野菜や花や小間物や、それらを求める人々や、活気がいいのは何よりだが、この往来が俺は苦手だった。
 街を歩くのは嫌いだ。
 足早に、人を縫うように進んでも、必ず目に、耳に入る。声を潜めて話す男たち。無遠慮に喧しい女たち。
 どうやら俺は、自分で思っているよりも過分に目立つらしい。長い髪のせいだろうか。背丈のせいだろうか。何にしても、息苦しい。
 故郷の村はそれなりに田舎で人も少なく、だから村を出るまで知らなかった。都会の喧騒の中で生きていくことに、きっと俺は向いていないのだろう。
 普段なら寄り付かないバザールを、それでもわざわざ歩いているのは、探し人が恐らくここにいるからだ。この往来の先の、ひときわ派手な宝石商か、あるいはその先の辻を曲がった古物商か。
 行き交う人々の向こう、昼下がりに似合いの盛況を呈する宝石商に、嗜好の分かりやすい彼女を認める。ほとんど同じタイミングで、こちらに視線をよこすと彼女は軽く手を振った。これだけの人の中で迷いなく俺を見つけたことに苦笑する。
 やはり俺は目立つのだろう。
 けれど、彼女も目立つ。
 
 
「街を歩くのは嫌いかしら」
 思い出したようにセリーヌが言った。
「そう見えたか」
 オープンテラスに面した公園の、老夫婦が散歩する様子を何とはなしに眺めていた俺は、唐突に言い当てられて苦笑する。
 疲れたから休憩だと言ったのはセリーヌだ。比較的空いている公園通りの喫茶店を選んだのも、日に焼けそうだと言いながらオープンテラスを選んだのもセリーヌだが、それは俺の様子を窺いながらそうしているのであって、セリーヌに言わせれば、俺の方こそ嗜好が分かりやすいらしい。
「いいえ」
 自分で聞いておきながら妙ないらえを返すと、セリーヌは意味深に笑った。
「嫌いと言うよりは、面倒くさそうに歩いていましたわ」
 言いながら、アイスコーヒーに浮かぶ氷をストローでかき混ぜる。その所作に合わせてカラカラと氷が鳴る音が、新緑のこの季節によく似合うと思った。
「面倒くさい、か」
 嫌い、を、そうでなくしてしまうのがセリーヌは得意だ。
 いつだってそれは、例えば空になったアイスコーヒーを、もう1杯いかが、と勧めるような気安さで俺に訴える。
「よく見ているな」
 老夫婦が通り過ぎた脇の池で、少年たちが小さな帆船を浮かべてはしゃいでいる。自分にもそんな頃があったと懐かしく思う。どこの街でも変わらない。
「まあ、それなりに長い付き合いですから、ね」
 そう言ってセリーヌは微笑んだ。とても愉しそうに、とても嬉しそうに。
 
 
 そろそろ陽が傾き始めていて、夕暮れを控えたバザールの客層が変わっていた。
 夕食の食材を求める女たちが所々の店の軒先で談笑を交わしている。酒場へ向かう男たちが連れ立って豪快に笑いながら闊歩する。だからと言って人の減る様子がない往来を、足早に、人を縫うように歩きたがる俺は変わらない。
 けれど、この息苦しい街を彼女と歩くようになって知ったことがある。
 振り返って口笛を吹く男たち。ため息交じりの会話をする女たち。
 彼女は多分、俺よりも目立つ。
 元々背が高いのに、どうしてか踵の高い靴を履く。青みがかった珍しい銀色の髪が、鏡のように陽射しを弾く。街を歩けば誰もが彼女に目を留める。
 そうして彼女は、そんな視線を気にも留めない。些末なことだと言わんばかりに背筋を伸ばして堂々と歩く。釣られて俺も、ゆっくりと歩く。不思議と息苦しさが消える。
 見渡した往来は、都会の喧騒は、誰もが幸せそうで悪くない。