姉の結婚式の前夜、のような今日

#ミクさんからみたメイルカの話。古い弦楽器、新しい家とリンクしてる。
#微妙にミクメイルカなので地雷注意。
 

 
姉の結婚式の前夜、のような今日
 
 明日、私はこの家を出る。
 会社の社員寮として長いこと使われていたこの一軒家には、思い出も思い入れもたくさんあったけれど、ここはもう人手に渡ることが決まっている。
 ほとんど荷造りの済んだ、がらんとした私の部屋の真ん中に置かれた、まだ封をしていない最後の段ボールは大事なものを入れる箱。おさがりのアクセサリーや、誕生日にもらったプレゼントや、一緒に作ったステージ衣装や、中に入れたものはほとんどがめーちゃんとの思い出だった。
 私たちがここで本当の家族のように暮らせたのは、きっとめーちゃんがいたからだ。いちばん長くこの家に住んでいるめーちゃんは、私たちみんなのお姉ちゃんで、私たちはみんなめーちゃんが大好きで、めーちゃんがリビングにいるときは自然とそこに集まった。たぶんめーちゃんは意図的にそうしてくれていたのだと思う。そうして私たちの様子を注意深く見守って、誰かと誰かがけんかをすれば仲裁したし、落ち込んでいればみんなを巻き込んで遊びに出かけた。
 長いこと私たちの面倒を見てくれたお姉ちゃん。だけど、私は知っている。
「メイコさん」
 透き通った少し低い声。その声がめーちゃんを呼ぶたびに、めーちゃんはほかの誰に向けるのとも違う穏やかな顔でそちらを向く。
「コーヒーでいいですか?」
 そう言いながらルカちゃんは、めーちゃんの手元のマグカップをひょいと取り上げた。
「ありがとう」
 休日の昼下がりにもかかわらず、めーちゃんはリビングのソファで難しい顔をして何かの書類を眺めていて、空になったマグカップにおかわりを淹れるのは、どうやらルカちゃんの仕事らしい。
「ミクちゃんも飲む?」
「あ、うん」
 荷造りが一段落して休憩に訪れた私には、ルカちゃんはカフェオレを作ってくれた。
 めーちゃんの隣でそれを飲みながら、私の心境は複雑だ。
 ルカちゃんはコーヒーのおかわりをめーちゃんに渡したとき、お礼を言われたとき、それはそれは素敵な笑顔で、めーちゃんはその様子に顔をほころばせた。
 本当はもうずっと前からそうだった。ほかのみんながすっかり引っ越してしまって、三人きりになったこの家ではなおさら。
 めーちゃんはいつの間にか、私たちのお姉ちゃんじゃなくて、ルカちゃんのメイコさんになってしまったのだ。
 あーあ、だ。あーあ。
 私はめーちゃんの最初の妹で、いちばん長く一緒にいたし、いちばん可愛がってもらったし、いちばんの仲良し姉妹だった。
 だから、あーあ。とても複雑な気分。この気持ちを例えるなら、大好きなお姉ちゃんの結婚式の日、もしくは前夜。
 だったら本当にそうなってしまえ。
「めーちゃん、新しいお家みつかった?」
「ううん、まだ」
 読んでいた書類はそれかと思って覗きこんだら当てがはずれた。楽器の引き取りの査定だ。
「ルカちゃんと一緒に暮らすの?」
「どうかなあ。わからないわ」
 だけど楽器はそんなに持っていかないつもりらしい。この家の納戸にはめーちゃんのギターやベースやキーボードがいくつもある。
「わからないの? 二人のことなのに」
「二人のことだから、わからないこともあるのよ」
 どれもめーちゃんの大切なものだから、本当は手放したくはないはずだ。だからもう使わないものもちゃんと手入れをして、ずっと大事にしまってあった。
「一緒に暮らせばいいのに。そしたら私も遊びに行くし」
「ミクそう言うのなら、それが良いのかもね」
 私の頭を撫でながら、めーちゃんは笑ってそう言った。
 これははぐらかされたと言うやつだろうか。それともめーちゃんにしかわからない、納得した何かがあったのだろうか。大好きな私のお姉ちゃんは、相変わらず私を可愛がってはくれるけれど、大事なことは教えてくれない。
 本当に、あーあ、だ。あーあ。
 もう私じゃないのだ。めーちゃんのいちばんは。
 私は席を立って、キッチンで機嫌よくコーヒーサーバーを洗っているルカちゃんのところに、空になったカフェオレボウルを持って行って、ついでに折り目正しくお辞儀をした。
「お姉ちゃんを、よろしくお願いします」
 ルカちゃんは一瞬きょとんとしたけれど、すぐに笑って、ありがとうと言ってくれた。