星より確かに

#悔しいから言ってあげないけれど。
#それでも結局一緒にいる。それが案外楽しいセリーヌ。
 

 
 
 星より確かに
 
 流れる星が消える前に三回願いを唱えると、きっとそれは叶う。まるでお伽噺の様によく聞く話だ。
 普通は消えちゃいますわよね。三回唱える前に。
 と、セリーヌは苦笑を洩らす。こうして自分の部屋から星空を眺めるのは久しぶりだ。大好きだった庭の花壇に、真っ白な百合は今年も綺麗に咲いていた。この場所はいつでも、面影と違わずにセリーヌを迎え入れてくれる。
 たまには帰ってやれ。
 そう言ったディアスは、まだ階下で父の晩酌に付き合わされているのだろうか。
 親孝行など親が生きているうちにしか出来ないものだ。
 酒を勧められて困った顔をしていたディアスを思い出すと、どうしても口元が緩んでしまう。
 あ、また。
 流星群が近いのだそうだ。今日明日が見頃だと。
 これでは有難味がなくなると思いながら、でもあの中の一つくらい、願いを聞き入れてくれるかも知れないから、消えないうちに眼を閉じて祈る。
「どうした?」
 開け放した窓辺で空に黙祷を捧げていたセリーヌに、ディアスが問い掛けた。
「あら、お父様は?」
「もう寝たぞ」
「そう」
 短く返して、隣に立ったディアスに目線をやる。
 この位置から彼を見上げるのが好きだ。街道を並んで歩く時はいつもそう。ディアスは道を見つめてばかりで、たまにセリーヌを向くと大抵は不機嫌そうな仏頂面。
「あんまり機嫌が良くなさそうですわね」
 でも本当は知っている。機嫌が悪い事なんて滅多に無い。
「昼間、食材屋に若旦那と呼ばれた」
 ぼそりと呟くディアスにセリーヌは声を立てて笑う。
「結構似合ってますわよ?」
「フン、下らん」
 照れている時はいつもこんな風で、もう何度それを見て来ただろう。
「何を願った?」
 不意にディアスが窓の外を見る。さっきよりも少しだけ、流星の数が増えたようだ。
「内緒」
 叶えて欲しい願いごとを本当に叶えられるのは、星ではないと知っている。
「あなたは?」
「特にないな」
 窓枠に掛かっていたセリーヌの指に、ディアスの指が触れた。セリーヌよりずっと大きくて温かい手。
「今のままでいいと思っている」
「そうね」
 絶対に好きにならない自信があったんですけれどね。
 けれど甘く重なった唇に、どうしたって勝てはしない。
 悔しいから言ってあげないけれど。
 窓枠の上で絡められていた指が解けて、ディアスがそっとセリーヌの髪に触れる。
 もう少し、伸ばそうかしら。
 好きな人に好かれたいなんて、誰にとっても当たり前だとは思うけれど、自分もそうだったことは随分長い間忘れていた。トレジャーハントに夢中で、宝石が大好きで、ずっとそうやってきたから。
 けれど目の前の優しい眼差しには、どんな宝石も敵わない。
「明日も晴れるといいな」
 そう言ってディアスが見上げる空には、相変わらず星が降っていた。
「晴れますわ。きっと」
 だから明日も願うだろう。
 貴方がくれる当たり前の幸せが、ずっと続きますように。