#何てことはない、ただそれだけのこと。
#そんな日常を大切に思うセリーヌさんの一日。
a little special
いつも通りの朝だった。
いつも通りに目が覚めて、お化粧をして、昨日見つけた桜の香りの珍しい香水をつける。
いつも通りの、少しご機嫌な朝だった。
いつも通りでなかったことは、部屋のドアを開けたら、丁寧にリボンのかかった宝石箱が置かれていたこと。
小さな宝石箱には簡単なメッセージカードが添えられていたけれど、差出人の名前はない。誰に宛てたのかも分からない。
たった一文だけのメッセージに、私は少し考えた。
そう言えば。
今日は私の誕生日だ。
「…と言うことがあったんですけれど」
「それがこの箱か」
昼下がり、セリーヌは紅茶を淹れながら今朝の出来事を話した。
ディアスが苦笑しつつテーブルの上の、手の中に収まるほどの木箱に目をやる。
青いサテンのリボンは、まだ解かれていない。
「開けないのか」
「だって私宛とは限らないでしょう」
言いながらセリーヌは、二人分のティーカップを音も立てずに円卓に並べる。
こう言う時、セリーヌの仕草は綺麗で丁寧だ。躾が厳しかったのかも知れない、とディアスは思う。宛先も差出人も分からない贈り物を、どうしたものかと律儀に悩んでいるのもそのせいだろうか。
「神様からの贈り物かもしれない」
何気なく、ぼそりと呟いた。
唐突に似合わないセリフを吐いたディアスに、向かいで紅茶の香りに興じていたセリーヌは思わずカップを落としそうになった。
「そんなことあるわけないでしょう」
笑いながらソーサーに戻したカップの中で、湯気の上る紅茶が波打っている。
「今日は特別な日なんだろう」
ディアスは宝石箱を取って、手の中で一回転させてからセリーヌに放った。
「そんなこともあるかも知れない」
どこか楽しそうに言いながら。
宝石箱を受け取って、セリーヌは少し寄れてしまったリボンを元に戻すと、再びティーカップを持ち上げた。
「何か期待してます?」
「何を」
問い返されて、それを聞いているのだけれど、とセリーヌが苦笑する。
「何も入っていませんわよ、きっと」
「それは残念だな」
どうして分かるのか、とは尋ねずに、ディアスは紅茶を飲み干した。
「あとで飯でも食いに行くか」
好きなものをおごってやろう。そう言いながら二杯目の紅茶を注ぐ。
そろそろ日が傾こうとしていた。
いつも通りの夜だった。
いつも通りにディアスと食事をして、少しお酒を飲んで、夜の街を並んで歩く。
いつも通りの、少しご機嫌な夜だった。
いつも通りでなかったことは、ディアスがいつもより楽しそうにしていること。
「あの宝石箱、やっぱり貰っておいたらどうだ」
思い出したように呟くディアスは、やっぱりどこか楽しそうだ。
「何かプレゼントしてくださるんですの?」
中身、と付け足すと、ディアスが笑って言った。
「ガラス玉で良ければな」
何気ない冗談が嬉しかった。
何てことはない、ただそれだけのこと。
いつも通りで、けれどいつも通りでないことがあった、少し特別な日。
そんな日がとても愛おしく思える、ただそれだけのこと。