幸せな一日

#こんな一日が誰のもとにも訪れるように。
#ファンシティで過ごす休日に、セリーヌは思う。
 

 
 
 幸せな一日
 
 エナジーネーデに暗躍する十賢者の討伐を控え、彼らはファンシティを訪れていた。
 ネーデ随一のアミューズメントパーク、ネーデプレイステーションを囲うこの街で、最終調整を兼ねた実戦練習、というのが目的だったのだが、遊び盛りの若者たちが多い一行は、街のそこかしこに構える遊戯施設についつい目が向いてしまう。
 結局、多数決により今日一日は自由行動という結論に落ち着いてしまった。
「闘技場に行くけど、一緒に出たい人!」
「ハイ、僕行きます。アシュトンは?」
「じゃあ僕も行こうかな」
「ねーねーレナ、占いの館ってあるよ」
「ほんと? 行ってみましょ」
 宿へ着くなり旅荷を置いて、それぞれ部屋を飛び出して行く。
「ははは、皆さん元気ですねぇ」
 二階の吹き抜けから見送ってノエルが言った。
「ノエルは行かないんですの?」
 第一陣に遅れをとったセリーヌは尋ねたが、ノエルは仕掛かりの論文を片付けたいと言う。
「中央広場はショッピング街になっているから、二人で見てくると良いよ」
 そう言い残して自室へ戻ってしまった。
「…行くか?」
 吹き抜けの手摺りに凭れていたディアスが呟いた。
 
 中央広場には様々な店が建ち並び、行き交う人々の談笑や露店商人たちが張り上げる客引きの声で活気に満ちていた。広場に面した建物の一画は花屋になっているらしく、色とりどりの花に溢れた軒先を見て、セリーヌは柔らかく微笑む。
「いろんな花がありますわね。天気もいいし、みんな幸せそう」
「花が好きか」
 楽しそうに花を眺めて歩くセリーヌに、ディアスは何気なく問い掛けた。
「トレジャーハントなんてやっていると殺伐としますから、このくらいの癒しがないと」
 その方が生きやすいとセリーヌは言い、いかにも彼女らしいとディアスは思った。
「あなたも少し興味を持ってはいかが? 花でなくても、戦うこと以外に」
「考えておく」
 それも悪くないと言う風にディアスは答える。この広場を見回すだけでも色々なものがあって、好きではないはずの人混みもセリーヌといると気にならないのだから不思議だ。
 賑やかな広場を歩きながら、無口なディアスの分までセリーヌが多彩な話題を持ち掛ける。トレジャーハントは見た目ほど楽ではないのだとか、実家に帰るたびに見合い話を持ちかけられて大変だとか、愚にもつかない笑い話にして。ディアスは時々片頬を笑わせて何か尋ね、返ってくる答えに関心したり呆れたりした。
「見てディアス」
 ふと話を中断してセリーヌが目を向けた先はアクセサリーの露店だった。よく磨かれた金属が、陽の光を反射して眩しく輝いている。
「これ全部銀細工なんですのね」
 所狭しと並べられた銀細工を嬉しそうに品定めする姿は、目利きに長けたトレジャーハンターと言う風ではなく、どこの街にもいる普通の女性と変わらない。採算を考えない珍しいセリーヌを見られて、ディアスは一緒に来て良かったと思った。
「ほら、これなんて素敵」
 セリーヌは気に入ったらしい一つを指して、後ろに立っていたディアスを振り向く。そこへ売主の露店商人が愛想よく声を掛けて来た。
「どうだいお姉さん、彼氏に買ってもらいなよ」
「ですって彼氏」
 露店商人の冗談に便乗して、セリーヌはいたずらに笑う。
「幾らだ」
 ディアスはぶっきらぼうに値段を聞くと、財布を出して言われた数だけ中を掴む。
 普段なら取り合わないであろうディアスの予想外の反応にセリーヌは驚いた。だが止める間も無く支払いを済まされてしまう。
「よろしいんですの?」
 品物が売れて満面の笑みの商人とは対照的に、セリーヌはすまなそうにディアスを見上げた。
「一つくらい構わない」
 目を合わせないように言って、ディアスはさっさと歩き出す。照れ隠しなのだろう。いつもと違う態度が嬉しかった。
「ありがとう。大切にしますわ」
 背の高い後ろ姿に追いつくと、セリーヌはそう言って笑った。
 
 広場を抜ける道すがら、ディアスはすれ違う男たちをその度に睨んで歩いた。大概の男がセリーヌを振り返って行くからだ。
 セリーヌにしてみれば、青みがかった珍しい銀色の髪をしていることも、派手な服装だと言うことも自覚しているからもう慣れたことだけれど、ディアスは気に入らないらしい。
 案外子供っぽい。そう思ってセリーヌはくすくすと笑い出す。
「どうして笑う」
「だって自分も見られてるでしょう? 女の子たちに」
 背が高くて顔立ちの整ったディアスは目立つのだ。同じように目立つセリーヌと並んで歩けばさらに周囲の関心を引く。
「それとこれは別だ」
 ふてくされた態度のディアスが妙に可愛らしくて、笑いが止まらなくなる。
 ディアスは仏頂面になって、話題を逸らすように、ウサギがいると言って大股に歩き出した。それがそれで面白くて、セリーヌがますます盛大に吹き出す。
「何だ」
「何でもありませんわ」
 まともにディアスを見てはまた笑ってしまいそうで、セリーヌはさり気なく顔を背けながらディアスの後に続いた。
 その先に、柵に囲まれた芝生があった。少し高めの柵の中で、小柄なバーニィがぴょこぴょこ飛び跳ねている。
 セリーヌは柵に寄ってバーニィたちを覗いてみた。長い耳を揺らしながら歩いたり跳ねたりする姿が愛らしい。
 柵の番をしていた男が一匹抱き上げる。
「お嬢さん抱いてみるかい? こいつはおとなしくて可愛いよ」
 小さなバーニィが男の手を離れ、セリーヌの腕の中に納まった。
「バーニィって、ウサギの仲間なのかしら」
 頭を撫でながら言うセリーヌにディアスは少し考える。
「それは食えるのかと訊いているのか?」
 言葉の意味を理解したのか、バーニィはびくんと身体を震わせて柵の中へ飛び込んでしまった。セリーヌが声を立てて笑う。
「意外と面白いんですのね、ディアスって」
「そうか?」
 冗談を言ったつもりはなかったのだが、楽しそうなセリーヌを見ていると悪い気はしなかった。
「今日はよく笑うんだな」
「街の人がみんな楽しそうだからかしら。なんだかつられてしまいますわ」
 セリーヌは微笑みながら抜けるような青い空を見上げた。
 ディアスが言うように、こうやって一日中笑っていたのは久しぶりで、なんだか楽しくて、幸せだった。
 こんな一日が誰のもとにも訪れるようにと、空に願う。
 
 賑やかな街も夜半にはすっかり静かになっていた。一晩中営業を続けているいくつかの店の灯りと、天高くに輝く月だけが闇を淡く照らし、幻想的で綺麗だ。
 宿のテラスから夜の街を眺めていたセリーヌは、ゆっくりと近づいて来る気配に振り返った。
「何をしているんだ」
 ディアスが扉から姿を見せる。
「街を眺めていましたの。昼間とは違った雰囲気で綺麗ですわ」
 セリーヌは街の灯りに視線を戻す。ディアスは黙ったままだったが、セリーヌがするように街の方へ目をやった。少しは興味を持ったのだろうか。戦うこと以外に。
「そう言えば」
 セリーヌは思い出したようにディアスを仰いだ。
「似合うかしら、これ」
 鎖骨の辺りに下がっていた銀色の飾りを指先で持ち上げる。昼間ディアスがセリーヌに買った、銀のネックレスだった。
「ああ、似合っている」
 ディアスは目を細めてそう言った。光の加減でその銀が、セリーヌの髪と同じ色に見えるのだ。
「悪くないな」
 そうして微かに笑ったディアスにセリーヌは少し驚いて、それ以上に暖かい気持ちになった。
「ありがとう」
 目線よりも少し高いディアスの肩に手を掛けて、僅かに踵を浮かせる。唇が頬に触れる。
「お礼ですわ」
 いたずらに言ってセリーヌはテラスを後にした。
 残されたディアスはセリーヌがそうしていたように一人で夜の街を眺める。今日のような一日をまた、二人で過ごせたらいいと思いながら。