Cadeau

#翠、蒼、紫、紅、藍……輝石、水晶、珊瑚、白金……。
#こればかりはセリーヌの好みがよく分からず、頭を抱えるディアス。
 

 
 
 Cadeau
 
 道具屋ブルーフラスコは品揃えの良い店だ。日用品に始まって、薬草、楽器、宝飾品と多岐に渡る。
 しかしここで買い物をするのは少々気が引けた。この店の主はチサトの母だ。もし自分が娘の知り合いであることが知れたら、後でチサトにどんな情報が洩れるか分からない。
 とは言え目的の品が揃っているのはここだけなので、仕方がないと言えよう。見知った姿が店内に無かったことがせめてもの救いだ。
 
 翠、蒼、紫、紅、藍……輝石、水晶、珊瑚、白金……。
 ディアスは鋭い目つきでガラス張りの陳列棚を観察した。
 分からん。どれを買ったら良いんだ。
 目の前で輝きを放つ宝石たちは、彼にとってはどれもさして変わらなく見える。だがあのお宝好きの宝石好きはきっとこだわるに違いない。
 翠、蒼、紫、紅………。
 もう一度端から順に、睨むように目で追っていく。
「お気に召したものはありましたか?」
 女主人に笑顔で訊かれた。
「………」
 何度見ても全部同じに見える。どう選んだら良いのか分からない。
 しかしだからと言ってこの女主人に相談も出来ない。プレゼントですか、などと突っ込まれる前にさっさと選んで買ってしまわなければ。
「…これにしよう」
 ガラス越しに適当に指差して、ディアスは呟く。
「こちらでよろしいですか?」
 ガラス棚の中から、女主人は選ばれた翡翠の指輪を取り出した。
 ディアスが肯定の意を現して頷きかけると。
「こっちのほうが似合うんじゃない?」
 ガラスに手を伸ばして、セリーヌなら、と続ける若い女性の声。
 いつの間にか斜め後ろにチサトが立っていた。満面の笑みを湛えている。得意気な笑顔だ。
「………」
「あ、図星だった?」
 言葉を失って立ち尽くすディアスに、チサトはさっとカメラを構える。
「チサト、お客様に失礼でしょう」
「ごめんなさーい。知り合いだったからつい」
 咎められてカメラを下ろしながら、チサトは苦笑いする。
 女主人はディアスに向けて詫びを言ってから、チサトに後を頼んで他の客のところへ行ってしまった。
「ね、この色ほうがいいと思わない?」
 チサトは翡翠の指輪を片付けて別の品を勧める。接客と言うより、友人への贈り物を一緒に選んでいると言った方が当てはまる。
 チサトが選んだ指輪は、金色の輪に散りばめられて淡く光る紫水晶が神秘的だ。
 確かにこっちのほうが似合うかも知れないな。
 そう考えながらも、ディアスは再び陳列棚を睨んだ。
 チサトに言い当てられた通り、彼はセリーヌへのプレゼントを選んでいるのだ。
 理由は数日前にセリーヌがファンシティのバーニィレースで敗北を帰したことにある。賞品の指輪が欲しかったがまったく当たらないと、偶然通り掛かったディアスは悔しそうな顔のセリーヌにそう聞かされた。
 それなら俺が買ってやる。とはさすがに言えなかった。セリーヌはああ見えて理由もなく男に宝飾品を買わせるような女ではないのだ。何かのついでで買ったと言って渡したほうが無難だろう。
 賞品の指輪がどんな意匠であったか分かれば悩むこともないのだが、それを本人から聞き出せるほどディアスは言葉巧みではない。
 そうしてこともあろうに仲間の実家で、大して興味も無い宝石たちを何度も眺める結果になってしまった。こんな姿を仲間に見られたくはなかったのだが時既に遅し。チサトはディアスの隣で一緒に棚を覗いている。
「どうする?」
 問い掛けられて、やはり紫水晶にしようと思う。
 チサトが選んだ金の指輪の隣に、同じ意匠の白金の指輪が並んでいた。
 ディアスの記憶では、セリーヌは金色の装飾品を身につけていることが多い。たまには違う色もいいのではないかと。
「こっちにする」
 白金の指輪を指して呟く。
「うん、いいんじゃない? ちょっと待ってて」
 チサトはガラス棚からそれを取り出して、贈り物に相応しい装いに包んでくれた。
「はい。どうぞ」
「ああ」
 差し出された小箱を受け取って、ディアスは財布を出す。
「ちょっとだけ割り引いちゃおうかなー。いいネタも手に入ったし」
「他の奴に言ったら斬るぞ」
 ディアスが鋭い眼光を向けると、チサトは慣れた様子で、冗談冗談、と言って会計を済ませた。割引は冗談ではなかったようで、少しだけ値引いてくれた。
  
 街中にセリーヌの姿は見当たらなかったので、一度宿へ戻る。
 セリーヌはクロードと一緒に、一行が借りている部屋にいた。クロードは用件が済んだのかディアスと入れ違うようにして外へ出て行く。
「何をしていたんだ?」
「占いですわ。もう少し早くいらして下さればよかったのに」
 聞けば占い師が来ていたらしい。クロードとはなかなか相性が良かったとか。
「下らんな」
「そう言うと思いましたわ」
 笑いながら言うセリーヌに、ディアスは突き付ける様に小箱を渡した。
「何ですの?」
「お前にやる」
 いつも通りの仏頂面に、セリーヌは戸惑いながら中を開けてみる。
「この前ファンシティで当て損なった指輪じゃありませんの」
 思いも掛けなかった偶然にディアスも驚いたが、そう言うことらしい。
「まさかあなたが当てたわけではありませんわよね」
「偶然だ。さっき道具屋で買った」
 そう言って仏頂面のままディアスはセリーヌの隣に座る。
「何のために?」
 セリーヌが素知らぬ顔で言う。勘のいい彼女はディアスがわざわざ買いに行ったのだともう気づいていて、あえて楽しんでいるに違いない。
「買い物のついでだ。深く考えるな」
「そう。それならいただいておきますわ」
 セリーヌは楽しそうに笑って指輪を右手の薬指に嵌めた。サイズは悪くないようだ。
 やっぱりそれにして良かった。
 セリーヌの指を飾った紫水晶にディアスは思った。