SnowDust

#来年は僕が誘っても良いですか?
#異文化の星で過ごす、二人だけの聖夜。
 

 
 
 SnowDust
 
「出かけない?」
 唐突に、そう言われた。
「こんな時間にですか?」
 訝しみながら覗いた腕時計の、デジタルメーターはそろそろ日付を変えようと秒読みしている。
「こんな時間だからよ」
 どこか楽しそうに笑って、行くの? 行かないの? と眼で問われて、答えはもう決まっている。
「お供いたします、お嬢さま」
 少しキザな仕草で、クロードがおどけて答える。
 オペラがますます楽しそうに笑った。
 
「オペラさーん、どこまで行くんですかぁ?」
 軽い足取りで、つかつかと前を進んでいくオペラに、クロードは思わず間延びした情けない声を上げてしまう。
「ちょっとそこまで」
 と、顔半分だけ振り向いてそう言って、相変わらずつかつか歩いて行く。
「サイナードで来る距離で、ちょっと…?」
 心なしか不満げな声を洩らしてしまったが、決して不満なわけではない。
 この気候がそうさせるのだ。
 雪の降るギヴァウェイよりもさらに冷える山岳地帯。
 サイナード無しでは到底来られない山麓は、オペラが思っていた通り、誰も踏み入っていない綺麗な雪化粧を施していた。
 一歩ごとにギュギュっと鳴いて残るハイヒールの足跡を、見つめながらクロードは歩く。
 この格好で寒くないのか…?
 と思って、声を掛けようと顔を上げた途端、すぐ目の前は蜂蜜色の長い髪だった。
「わっ」
「きゃっ」
 声が重なって、前のめりに倒れたクロードを支えきれず、オペラも一緒に雪に突っ伏してしまう。
「ちょっとクロード」
「す、すみません…」
「このオペラさんを押し倒そうなんて10年早いわ」
「だってオペラさんが急に止まるから」
 言いながらも慌てて立って手を差し伸べるクロードに、思わずオペラは頬を緩めた。
 まぁいいわ。呟いて空を仰ぐ。
「見て」
 と、言われるがままにクロードも上を向く。
「すっげー」
 ほかに言葉が出てこなかった。
 吸い込まれそうなほど澄んだ暗闇に、幾つもの白銀の光が瞬いて、流れて消える。
「流星群ですか?」
 似た空は他に知らなくて、問い掛けると、オペラが少し得意気に笑った。
「装置の調整なんですって」
「装置?」
「さっきノエルに聞いたの」
 と、それでクロードも合点が行った。ギヴァウェイの雪なのだろう。
「せっかくだからと思って、急いで出てきたんだけど」
 言いながら上着のポケットを探り、金の鎖の懐中時計を取り出した。
「ちょっと遅くなっちゃったわね」
 時刻を確認して、パチンと時計を閉じると、クロードにそれを手渡す。
 それから、とても綺麗に微笑んだ。
「メリークリスマス」
 本当は日付が変わる丁度に、言いたかったのだけれど。
 そんな乙女心はどこ吹く風。
「え! 今日ってそうでしたっけ!」
 返ってきたのは何だか間抜けなこの台詞だ。
「やだクロード、気づいてなかったの?」
 クロードはもらったばかりの懐中時計を慌てて開いた。自分のデジタル時計はどうやら、ネーデの日付に合わせてしまっていたようだ。
「そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」
 そう言われて、クロードは直立姿勢で頭を下げる。
「すいませんっ、僕すっかり忘れてて、プレゼントとか用意してなくて」
 その平謝りの姿勢に思わず声を立てて、可笑しそうにオペラが笑った。
「いいわよ別に」
 と、もう一度空を見上げる。
「見せてくれたじゃない、この空」
 相変わらず雪の結晶たちは、白銀の淡い尾を引いて舞っていた。
 
 帰り道の、紋章生物の背は暖かかった。
「来年は僕が誘ってもいいですか?」
 問い掛けて、返事が戻ってこないのを確認して、クロードは肩にもたれる柔らかい髪に口付けた。
 期待してるわ。
 夢見心地の心の中で、オペラがそっと囁いた。