花冠

#子供みたい、なんて、きっと自分には言ってくれない。
#子ども扱いは悔しい。でも大人には勝てないこともわかってる。
 

 
 
 花冠
 
 長閑な午後だ。昼寝でもしていたくなるくらい。
 レオンはぶらぶらと街外れを歩いていた。視界の先に一面紅紫の花畑があった。見知った人影もそこに見つける。
「何やってるの?」
 歩み寄ってレオンは声を掛けた。レナとプリシスは花畑に座り込んで、器用に草を編んでいる。
「でーきたっと! ほら、お花の冠だよ」
 しゃがみ込んだレオンの頭に、プリシスがレンゲ草で編んだ冠を乗せた。
「へぇ。じょうずだねー」
 女の子ってこう言うのが得意なのかな、と思いながら、レオンは冠を手に取って眺める。
「ね、レオンも一緒にやろ」
「うーん…どうしようかな…」
 プリシスの誘いに首を傾げて考えていると、よかったら、とレナが微笑んだ。
「作り方教えてあげるわ」
「じゃあ、よろしく」
 レオンはレンゲ畑に腰を下ろす。
 同じ年頃の友達がいないレオンは、自分ほどの年の少年たちが何をして暇をつぶすのか知らない。だからお花畑で女の子と遊ぶなんてと言う抵抗はないようだ。
 きれいにできるかな。
 両隣から指導を受けて、ぎこちない手つきでレオンは花を編み始めた。
 
 セリーヌは広葉樹の木陰で本を読んでいた。
「お散歩?」
 歩いて来たディアスに声を掛ける。
「まあな」
 ディアスは曖昧に答えてセリーヌの隣に座った。軽く笑って本に目を戻したセリーヌの手元を覗く。紋章術の書物のようだが、ディアスには理解し難い内容だった。
「セリーヌ」
「何?」
 呼ばれて、セリーヌがディアスを向く。
「その手を上に上げろ」
 突然妙なことを言われて戸惑いながらも、セリーヌは本ごと腕を持ち上げた。
「……これでいいかしら」
「ああ」
 短く答えると、ディアスはセリーヌの膝に頭を乗せて芝生に転がってしまう。セリーヌがくすくすと笑い出した。
「子守唄でも唄って差し上げましょうか」
「いらん」
 吐き捨てるように言われてもまだ笑いながら、セリーヌは中断していた個所から本を読み進めた。
 
 樹の陰にセリーヌの姿を見つけて、レオンは駆け寄る。膝の上に乗っているのは小動物か何かだろうか。彼の位置からだとそう見えた。
「セリーヌお姉ちゃん」
 声が届く距離まで近づいて、実際に声を掛けて、初めて気付いた。
 セリーヌの膝を枕代わりに眠っているのはディアスだ。
「こんにちは、レオン」
「それ…」
 微笑みながら挨拶をしてくれたセリーヌの膝を指差して、レオンは呟く。
「ああ、これ?」
 セリーヌは本をどけてディアスを見た。
「あら、さっきまで起きてたんですけど。いつの間に寝ちゃったのかしら」
 子供みたいね、と笑うセリーヌに、レオンはぐっと拳を固める。
「セリーヌお姉ちゃんのばかぁ!」
 力一杯に叫ぶとレオンは走り去った。
 走りながら天才博士の頭は考えた。
 本当は「ディアス兄ちゃんの馬鹿」だったんじゃないのか?
 でも今さら戻って行ってそんなことが言えるもんか。
 ちくしょう! ディアス兄ちゃんなんか嫌いだ!
 心の中で怒鳴る。小さな手にはレンゲの花冠が握られていた。
 プレゼントしようかと、思っていたのだ。上手くできたから。
 紋章術の使い手で、紋章理論に詳しいセリーヌ。レオンが研究している紋章科学の話を、いつも楽しそうに聞いてくれる。
 だから好きだった。ずっと一緒に旅をして、ずっと一緒にいられたら。
 でも、子供みたい、なんて、きっと自分には言ってくれない。
 早く大人になりたい。
「ちくしょう! ディアス兄ちゃんのばかやろう!」
 今度は声に出して、つかつかと進んだ。
 曲がり角からすっと影が差した。俯いて歩いていたレオンはぶつかって尻餅をついてしまう。
「レオン君! 大丈夫?」
 声と同時に手を差し伸べたのはチサトだった。
「いてて…」
 レオンは腰の辺りを押さえながら、もう片方の手でチサトに助け起こされる。
「ごめんね~。よく見てなかったから」
「うん。別にいいよ」
 服の汚れを払いながら言う。チサトがしゃがみ込んで何か拾い上げた。
「はい、落とし物」
 紅紫の花冠を手渡される。
「あ…ありがとう」
「誰かからのプレゼント?」
「違うよ」
 にこにこと問い掛けてくるチサトに、思わず強い語調で言い返してしまった。
「僕が作ったんだ」
 と慌てて付け足す。
「そうなんだ。上手じゃない」
 純粋な誉め言葉。嬉しかった。
「まあね」
 つい得意気に胸を張ってしまう。その様子が可愛らしく見えたのかチサトが微笑む。
「ところでレオン君はどこに行くのかしら?」
「え? うーんと、別にどこってわけじゃないけど」
「ヒマなんだ?」
「うん」
「それはよかったわ。せっかくだからお茶でもどう? 私もヒマしてたのよ」
 お姉さんがおごってあげるわ、と手を取られる。
 ちぇっ。お姉さんぶるなよな。
 やっぱり、早く大人になりたい。
 だけど、チサトの手は暖かくて、なんだか少し照れくさかった。
 
 後でセリーヌお姉ちゃんに、花冠を届けに行こう。
 歩きながらそう思った。それと。
「チサトお姉ちゃんにも、こんど作ってあげるよ!」
 何を、とチサトは訊かなかった。
 楽しみにしてるわね、と、明るい声で言ってくれた。