#ベランダで晩酌するルカメイの話。
#白ワインは空になったわけではなく後日メイコさんが料理に使う⋯たぶん。
赤ワインを一緒に
夜風が気持ちよかった。
日中の暑さが嘘みたいに和らいで、ベランダに出したアウトドアテーブルの上では、氷を入れたワインクーラーが小さく水滴を落としている。
メイコさんはボトルから白ワインを注ぎながら、今日の仕事であった出来事を話していた。
私はそれを聞きながら、グラスの向こうに見える夜空を眺める。
雲はなく、茄子紺の空にいくつかの星と、月の光が印象的だ。
「月が綺麗ですね」
何気なく言うと、メイコさんはグラスを傾けたままこちらを見た。
「なあに? 愛の告白?」
からかうような口調に、私は思わず笑った。
昔の文豪は“I love you.”を、そんな風に訳すと良いと言ったらしい。
もちろん私にそんなつもりはなくて、ただ純粋な感想だったけれど、思いがけず愛の告白になってしまった。
「素敵ですね」
そんな感想を漏らすと、メイコさんは腑に落ちない顔でワインを一口飲んだ。
「私はピンとこないなあ。月が綺麗ねなんて、友達とか家族にだって言うじゃない」
確かにそうかもしれない。けれど好きな人と同じ月を見上げながら言うなら少し特別に聞こえる。
「人によると思いますよ」
そう答えると、メイコさんは面白そうに笑った。
「そういうもの?」
「そういうものです」
少なくとも私はそう思う。
しばらく二人で黙って月を眺めた。
ワインクーラーの中の氷ががらんと音を立てる。
遠くの空で飛行機が飛ぶ音がした。
「メイコさんならどう訳しますか?」
ふと思い立って尋ねると、メイコさんは少し考えるような顔をした。
月を見て、私を見て、それから残り少なくなった白ワインのグラスを見た。
「赤ワインを一緒にいかがですか?」
私は瞬きをした。
「それが愛の告白ですか?」
「うん」
メイコさんは当然のように頷く。
「白ではなく」
「うん」
短く答えて、グラスに残った白ワインを飲み干す。
「待ってて」
そうしてメイコさんはキッチンの冷蔵庫で冷えていた赤ワインのボトルと新しいグラスを持ってきた。丁寧な所作でコルクを空ける。
「どう?」
それはとてもメイコさんらしい口説き文句だ。
きっと冷蔵庫に入っていたのが日本酒だったらメイコさんはそれを勧めてきたのだろう。口実は何でもよくて、ただあなたともっと一緒にいたいと、それだけだ。
「いただきます」
私の答えにメイコさんは満足そうだった。
「何に乾杯しましょう」
尋ねるとメイコさんはいたずらに笑う。
「月が綺麗なことに」
そうして改めて二人で乾杯する。
月は相変わらず綺麗だった。
けれど今の私には、グラスの向こうで笑う人の方がずっと眩しく見えた。