#僕は勇者なんかじゃない。だけど。
#貴女がそう言うのなら。ノースシティのPAより。
BRAVE
牧歌的な街、とオペラさんが評したノースシティには、のどかな時間が流れていた。
空は雲ひとつない澄んだ青で、暑すぎず寒すぎず日差しをそそぐ太陽は、いつ見ても同じ場所にいた。
図書館の近くにある広場では、セリーヌさんが本を読んでいるのをよく見かけるけど、今日は珍しくいなかった。街のあちこちを元気に走りまわってるプリシスも見当たらない。別に用があったわけじゃないのに、なんとなく肩透かしを食らった気分で辺りを見回す。
少し遠くの木陰に、オペラさんの姿を見つけた。疲れたように木に寄りかかっている。
このところオペラさんはずっとあんな調子だ。
言わないけれど僕にはわかる。
あの時、僕は何もできなかった。
エナジーネーデとの衝突で、エクスペルが無くなってしまうことを知っていたのに。
オペラさんが好きだった人が、居なくなってしまうと知っていたのに。
光の勇者様なんて呼ばれたけど、やっぱりそうじゃなかったことを思い知った。
だけど僕は願ってる。それでも彼女の力になりたいと。
「オペラさん」
ゆっくり歩いて行って、声をかけた。
「こうして見上げてみても、目にうつるのは作り物でしかない空ばかり…」
頼りなく微笑んだオペラさんは、唐突にそんなことを言った。
作り物でしかない空。
「そう思うと、寂しいですよね」
この街ののどかな空が、僕は、嫌いじゃなかったけれど。
「夜なんかは真っ暗…。星が一つとして輝かないなんて、なんだか変な気分ね」
言われてみればそうかも知れない。
エナジーネーデに来てから色んなことが慌ただしくて、よく考えたことがなかったけど、当たり前だと思っていたものが、ここには無いんだ。
「エクスペルの星空はきれいだったわね」
オペラさんは寂しそうな声で、そう言った。
もう無くなってしまったエクスペルの星空。
あのきれいな星空には、大事な思い出があったのに。
「やっぱり、遠すぎるんだな…」
ひとりごちて電源を切った。役に立たなくなった通信機。
ラクール武具大会が終わって間もない頃だった。僕のわがままでクロス大陸に戻って、とんぼ返りでヒルトンに戻ってきた日の夜。
僕と似たような境遇のオペラさんが仲間になって、いろいろ話しをしているうちに、少しホームシック気味になってたんだと思う。
もう帰れないのかな。
そんなことを考えて、背の低い石塀に座った。
「どうしたのクロード、こんなとこで」
声の方に顔を向けるとオペラさんが立っていて、長い蜂蜜色の髪が潮風になびいていた。
「またお酒ですか?」
縦長の手提げ袋を見止めて尋ねると、戦利品よ、と得意気に言って、僕の隣に腰かける。
「飲み比べで勝ったら好きなの持って行っていいって、マスターがね」
酒場のマスターと飲み比べ勝負をしたそうだ。店は大丈夫なんだろうかと、馴染みがあるわけでもない酒場のことを心配してしまった。
そう言えば初めて会った時も、あの店で飲み比べしてたっけ。よく知らない星で、よく知らない人と、果敢にも。
「あいかわらず強いんですね」
苦笑しながら僕は言う。まぁねと答えるオペラさんに、本当の意味は伝わらなかったらしくて、しばらくオペラさんのお酒論に付き合った。
「やっぱりワインは地球のものに限るわね、クロードがうらやましいわ」
「僕は連邦士官だから、宇宙ステーション暮らしですよ?」
「あらそうなの? 残念ね。今度遊びに行こうと思ったのに」
「ははは。実家は地球にありますから」
いつか招待しますよ、と言いかけて、不安になった。
「でも…」
「何?」
「このまま帰れなかったら、どうします?」
この星に来てから、いつも、ふとした時にそう思った。この星で僕にどんな仕事ができるだろう、なんて、後ろ向きに現実的なことを考えている自分がいて、滑稽で情けなかった。
オペラさんは一呼吸おいて、あっさり言った。
「考えたこともなかったわ、そんなこと」
「そう…ですか」
生返事をして黙り込んでしまった僕の肩を、オペラさんは、大丈夫よ、って優しく叩いた。
「一つ失ったなら、二つ手に入れればいいって、誰かが言ってたわ」
ひょいと勢いよく塀を飛び降りて、オペラさんは笑って言う。
「だから私は、壊れちゃった私の船の代わりに、エルネストと彼の宇宙船を手に入れるの」
「強いんですね。オペラさんは」
ぽつりと呟いた僕の言葉は、今度はその意味が伝わったらしい。オペラさんが突然声を張り上げる。
「しっかりしなさい! 勇者様」
「えっ!?」
「レナに聞いたわ。光の勇者様なんですって?」
正直困ってしまう。勇者だなんて言われると。
今だってオペラさんに慰めてもらってるみたいな、情けない奴なのに。
「僕は勇者なんかじゃありませんよ」
苦笑しつつ僕が言うと、オペラさんは可笑しそうに笑った。
「いいじゃない。そう言うことにしとけば」
「そう言うもんかなあ…」
僕は思わずため息をついてしまう。
「そうよ。みんな貴方が好きだってことなんだから」
「ははは」
空笑いしかできなかったけど、そんな風に言ってもらえて、何だか少し軽くなった気がした。色んなことが。
オペラさんを真似て、ひょいと塀を飛び降りる。
「じゃあ、頑張ってエルネストさんと彼の宇宙船を手に入れましょうか」
頑張ってみようと思った。勇者なんかじゃなくても。
「だーめ。エルは私のよ」
冗談混じりに返すオペラさんと、その時見上げた夜空には、たくさんの星がきれいに輝いていた。
そんなことを思い出しながら、ふと空を仰ぐ。
澄んだ青と、穏やかな日差し。
この星に住む人たちは、失った星空の代わりにそれを手に入れたのかも知れない。
「失ったのなら、また手に入れれば済むことじゃないですか」
大丈夫ですよ、って、僕はオペラさんの肩を叩く。あの時オペラさんがそうしてくれたように。
今の僕ならわかるから。
あれは貴女の言葉じゃなかった。
一つ失ったなら、二つ手に入れればいい。
あの時そう言った貴女は本当は、そんなに強くない。
「私は、そんなことを考えた事もなかったわ。もう一度失うことが恐くてね…」
だから僕は、貴女の力になりたいと願う。
「大丈夫ですよ」
もう一度言って、ふわりとオペラさん抱きしめたら、香水の良い香りがした。
儚くて繊細な、貴女のような香り。
「僕が守ります。オペラさんが失くしたくないもの、僕が守りますから」
きっと守ってみせる。もう貴女にそんな顔はして欲しくないから。
オペラさんが小さく言った。ありがとう、って。
「貴方は本当に、伝説の勇者かも知れないわね。それに比べて私は、全然ダメね」
「そんな。僕は…」
勇者なんかじゃありませんよ。そう、言いかけたけれど。
「知ってるわ」
僕は勇者なんかじゃない。だけど。
「でも、そうなのよ」
だけど、貴女がそう言うのなら。
「私の…ね……」
僕は勇者になる。
大切な、貴女のために。