#ねえ、知ってる? サンタクロースって本当にいるのよ。
#特別な日に特別な人と過ごす、ただそれだけの話。
SantaClaus
いつもそうだ。
僕の家にサンタクロースは来ない。
踏み台にのぼって背の高いツリーを飾った。
玄関には母さんが作ったリースを掛けた。
だけど毎年。
どんなに勉強を頑張っても、どんなに我侭を我慢しても。
白髭のサンタクロースは来なかった。
いちばん欲しかったものは貰えなかった。
子供の頃の思い出。
クリスマスはあまり好きじゃなかった。
そんなことを話したら、向かい合って座っていたオペラさんが、小さなグラスにワインを注ぎながら笑っていた。
窓の外では深い紺色の中で雪の結晶が舞っている。
夜で、僕らはギヴァウェイにいた。
ギヴァウェイの、大学舎を構える、色んな店が立ち並ぶ中心部じゃなくて、もっと場末でオペラさんが見つけた、手狭で静かな酒場だ。
小さな店だけど味は確かでしょう? オペラさんは言う。
僕にはお酒の味なんてよく分からないし、あまり得意でもない。
そうですね。ちょっと曖昧な感じで答えると、唐突に、尋ねられた。
いつ頃まで信じてた?
訊きっぱなしにして、いつの間にか空になっていたワインのボトルを軽く振って、次を注文している。僕は付き合って飲めるほど強くない。情けないけどオーダーにソーダ水を追加して、呟く。
八才か、九才くらい、だったかな。
踏み台が無きゃ飾れなかったツリーを、僕の背丈が追い越した頃。
もうあれは物置の隅が指定席だった。
一年中そこから出てこなかった。
サンタは父さんに決まってるさ、誰かにからかわれた年から。
古くなった母さんのリースも捨ててしまった。
だって尚更だ。
サンタクロースが父さんなら。
母さんだって忙しい。
僕のいちばん欲しいものなんて、用意できっこなかった。
来てくれないのも仕方が無い。
だけど毎年何となく、大きな苺のケーキは買った。
苺だけ僕が全部食べて、あとは毎年ダメにした。
雪の街だから、雪は全然やまない。
外はどこも銀色で、満月の夜みたいに明るかった。
小さなグラスに並々注いで、どんどん飲み干してしまう、今空いたボトルは何本目だろう。でもオペラさんは少しも酔った風じゃない。
何だったの? いちばん欲しかったもの。
僕の話を聞きながら、抜け目無い質問を当ててくる。
本当に子供の頃のことだ。僕が欲しかったもの、今はそうでもない。
ソーダ水の綺麗な緑色を飲み込んで答えた。クリスマスパーティーですよ。
小さな子供たちにはそれが当たり前だった。家族で、って言うのが。だから僕は、いつもふてくされていた。ツリーを見上げるように座って、一人で苺をつつきながら。
来年のクリスマスには…。オペラさんが優しい眼をして笑った。
何ですか? 僕が尋ねる。
私たち、ちゃんと元の星に帰れてるかしらね。
思いがけなくて面食らってしまった。突然真面目な話をされても。
帰れてるといいですね。
呑気すぎたのか、対するオペラさんの返答は、情けないわね。の一言。
その上新しく開けたワインを、ソーダ水とブレンドしてくれた。
うわ、ちょっとオペラさん、まだ残ってるのに!
ちゃんと私の相手が務まるようになりなさいってこと。
変に紫色になった、あんまりおいしそうじゃないグラスを僕に持たせる。わけもわからず自棄で一気飲みだ。
う…おいしくない。
贅沢ね。まぁ、いいわ。
そう言って今度は、ちゃんとワイン色のワインを僕に勧める。でも有り難くないことに、次から次に。
結局一本分飲まされた。頭の中はぐらぐらだ。
来年は来るわよ。と、また唐突にオペラさんが言う。多分僕は、意味不明な返事しか出来てなかったと思う。
でも覚えてた。
上等なワインを山ほど用意しておくわ。
それから、確か。
べろべろの僕にまだ飲ませながら、オペラさんは独り言みたいに言った。
結局ダメにしちゃうから、もう苺のケーキは買ってない。
だけど今日は買ってみよう。今のうちに二つ、取り置きして。
おもちゃの鐘をカンカン言わせて、行く人ごとに声を掛けながら考える。一つは家に持って帰って、もう一つは母さんが勤める研究所に届けよう。
それにしても、ツイてない。
せっかく休暇を取ったのに、どうしてもって頼まれて、断れなかった。
一日限りのアルバイト。
赤い衣装と白い髭をつけて、後ろを振り返れば、クリスマスケーキたちがステンレスのワゴンの中で並んでる。何で僕はこんな寒い日に、駅前でケーキを売らなきゃいけないんだろう。
ねえサンタさん。小さな女の子が僕を呼んだ。
あのねサンタさん、おつかいなの。ワゴンの中のケーキを指した。
鐘をポケットに突っ込んで、僕はワゴンの脇でごそごそやる。
ねえサンタさん、きょう、わたしのおうちに来てくれる?
もちろん。トナカイの形の風船をケーキの箱に結んで、そう言いながら渡した。
君のサンタさんが、君や、君のお母さんの為にやって来るよ。
不思議そうな顔と嬉しそうな顔を一緒にして、女の子は駈けて行った。
髭の位置を直して、またカンカンやる。
駅舎の自慢の時計塔が鐘を鳴らした。
僕のおもちゃの鐘の音がかき消された。
交代の時間だ。次のサンタクロースがやって来る。
ねえ、知ってる? サンタクロースって本当にいるのよ。
いつもそうだった。
僕の家にサンタクロースは来なかった。
ツリーはすっかり物置を住みかにしてしまった。
古くなったリースを捨てたことも忘れていた。
だけど、今年は。
何年か振りにツリーを引っ張り出した。玄関に僕が作ったリースを飾った。
大きな苺のクリスマスケーキは、少し気取って花束を抱える逆の手に持って。
今日は必ず来るから。上等なワインを山ほど用意して。
ねえ、知ってる? サンタクロースって本当にいるのよ。
誰だって誰かの為に、サンタクロースになれるじゃない。